2020年02月02日

新しい日本史観の教科書

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『新しい日本史観の教科書』
田中英道 著
ビジネス社 刊

 現在の中学校で習う日本史の教科書について、田中さんはマルクス主義に満ちた左翼の信者先生らによって書かれた極めて日本の本質から乖離した教科書になっていると糾弾している。この本はせめて一般人の我々日本人が、普通に勉強して身につける内容の日本史教科書にしましょう、ということを提唱している。なんとなれば、中学を卒業し、高校生、大学生、社会人になった日本人の多くが、われわれ日本人の歴史としての日本史について、あまりにも感心がなく、当然知識もなく、興味もない人が多すぎるのは、そもそも中学校で習う日本史の教科書の中身が左翼思想をもとに出来上がっており、天皇制、儒教、仏教、武士道などからの影響で出来上がった本来の日本史をゆがめて書かれているので、生徒に興味を抱かせない内容になっているのが原因だとしている。

 では、なぜそんな偏った教科書になっているかといえば、その教科書を書く著者、教科書の編集者や出版社、さらに教科書を使って教える教職員らがいわゆる日教組という組織で固められ、学生に日教組中心の史観を教えている実態を紹介している。今思えばとてもつまらない授業だったことしか思い出にないが、中学のみならず高校生時代の教科書も勉強する気になれなかったのは、そうした偏向教育のせいだったようだ。

 田中さんはヘーゲルの哲学、ランケの世界史、マルクスの経済学などが、まったく日本の歴史実情に合わなかったにも拘らず、明治から昭和にかけて、そうした西洋の先哲の勉強を開始した人々が、東京大学を卒業したあと、海外留学でさらに深い勉強を開始し、日本に戻ってからは、西洋思想にもとずいた歴史観で日本史を批判的に記述したことが今日の日本史教科書を形作る原因になっているという。西洋思想とは、もともとヨーロッパに根付いているキリスト教教王を主体とする宗教、さらに国の政治を代表する皇帝という二つの大きな歴史的組織が、そもそも日本の土壌には無かったものなので、その西洋思想から生まれた階級闘争的な思想は日本の歴史史観には合わないという主張がしっかり何度も言及されて行く。だからもうそろそろ、日本の中学校の教科書の間違った部分は書き換えましょうという主張につながる。

 では、具体的にどういう風に教科書を書き換えるべきなのか?312ページに次のような解釈がある。『ランケの場合、歴史は、事象とその推移を見るとき、当然、推移する事象が中心で、人間はその展開を推進したり阻止したりする限りで考察の対象となる。これに対してブルクハルトの場合は、「ギリシア的人間」というように、ある歴史的時代の人間が主題に置かれ、事象やその関連はこの人間の歴史的特性とその奥にある普遍人間的なものを照らし出すという視点から選択されるのである。』

 なかなか難しい表現なので、作者が何を言いたいのかよくわからなくなってくる。
私的に意見を述べるなら、この10年くらい前に話題となった『銃・病原菌・鉄』の作者、ジャレッド・ダイアモンドの文明論を引き合いに出してみたらどうか?ということだ。

 田中さんは日本はあくまでも西洋思想、西洋哲学、西洋史主体の考え方ではまとまらない国家だとお考えのようで、天皇、国家神道が日本をまとめあげているという主張のようだ。ならば、国粋主義者、右翼、といわれようが、そのようにはっきり発言されたほうが、われわれ読者には理解が早いように思われた。
posted by coichi at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本古代史
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