2020年03月27日

日本社会の歴史(中)

『日本社会の歴史』(中)
網野義彦 著
岩波新書 赤版501

 日本の古代史を勉強するつもりだったのに、このシリーズは(上)(中)(下)があり、必然的に前書を終えると(中)へとつづくことになり、やや食欲不振ながら手を付けることになった。
 ほとんど興味の無い話が続く中で、おやと思える拾いものに出会うことが出来た。まず一つ目は常滑焼きの話。1126年に奥州藤原氏が平泉に居館をおき、中尊寺を完成させ、東北の一部に日本の中都市を成立させた。その成功の裏には太平洋を北から南に自在に航海し異国との貿易を行って財を蓄えた。その証拠として中部地方の常滑焼きが発見されているという(p.68~69)。
 二つ目には、12世紀になり、九州、肥前松浦では『松浦党』と呼ばれる海の領主たちの会場活動がさかんにみられ、宋人と結ばれる人も出てきた、という。これを読むと、呼子の松浦漬を思い出した。鯨の骨の酒粕漬だが、日本人ばなれした食品で、原料は鯨である。中国からの入れ知恵があって出来上がった商品かも知れない。この地の人々は海洋活動なども独特さがあるところから、どうやらこの時代に起源を持つと考えられそうである。
 三つ目は、14世紀には『北条氏得宗は、薩摩の要港坊津をはじめ口五島・七島とよばれた喜界島、奄美大島、永良部島、徳之島などの地頭職を掌握し、代官に海洋的性格をもつ被官、尾張の千𥧄(ちかま)氏を置いて南の境界をおさえていた。』(
p.158~159)。
名古屋市南区には現在も千𥧄通りがあり、そのむかし、製塩業をしていたグループがあるという。その名古屋出身のグループがなんとこのような日本の南の端の海洋に迄出かけていて、海の代官をしていたとは、想像出来ない活躍ぶりに随分驚いた次第だ。
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posted by coichi at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本古代史