2020年03月10日

日本社会の歴史(上)

『日本社会の歴史(上)』
網野善彦 著
岩波新書赤版500

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 新年早々読んだ田中英道さんの数々の本には、『卑弥呼』だの『邪馬台国』だのといった、いわゆる三国志に書かれた内容の事実は存在しなかったので、三国志から日本史を考えるのは間違っていると教えられたものだから、この『日本社会の歴史(上)』の最初の方で、『卑弥呼』、『邪馬台国』について、早速、その三国志を有意義に指導的教科書的にとらえて、しかも、事実として日本史の中に紹介している著者には驚いてしまった。正直、網野さんの書物は当てにならないぞ、と直感的にとらえてしまう。

 しかし、ほうぼうに網野さんらしい、今迄の歴史本にない記述があって、それはそれ、これはこれ、として、新たな発見もあり、楽しく読み進んだ。特に、長岡京造営の際の記述に、『近江、河内には、桓武(かんむ天皇)の母と血筋を同じくする朝鮮半島からの移住民が非常に多く』(P.169)とあるように、韓国系の移民がこの地方に多いことと、近江の鮒寿司、水稲栽培の普及、近江商人などを思わず類推してしまった。

 さらに、古代イスラエル人の移民団として、秦氏を考えている、田中英道さんの考えと不思議に重なる次の文章が面白い。
『新京(平安京)の造営は、藤原氏式家の出身で移住民秦氏の母をもつ藤原種継を中心に・・・』(P.169)。
東映太秦撮影所の秦は同じ秦氏の住処を表すらしいところがなかなかスリリングだ。

 また、桓武天皇が東北地方の敵対する住民に対して手を焼き、関東に住まいするすこぶる軍部に強い勢力を味方につけて之を成敗するという内容で、次の文章も田中さんの本と共通する要素で面白かった。『桓武は鹿嶋社の「神賤」(しんせん)を軍団に加えている。神の奴婢ともいうべき「神賤」は、俗人の奴婢ではなく、神の権威を背景にした有力者で、平民よりも武勇にすぐれており、強力な軍事力になったのであるが、・・・(P.172)』。

 関東地方にある鹿島神宮には勝利を祈るスポーツ選手たちのお参りが多いという、田中さんの本にもあるように、ここでは、鹿島大社に付属する軍事力を遠くは慣れた近畿の天皇が利用していることが新しい発見であった。

 西日本と東日本の統一がなかなかまとまらない背景のひとつには、民族的な違いが想定出来るかもしれない。それはつまり、近畿の朝廷を形成している朝鮮半島由来の貴族グループと、東北での文化を形成するモンゴル的集団という対比構造ともいえる。この構造をよく表しているのが次の文章になる。『最近の発掘調査によって、東国には西日本と異なる製鉄技術があったことが明らかになっているが、それが北方から伝わってきた可能性もあるといわれており、古くから西日本とは社会の体制が異なっていた東北・東国には、こうした鉄と馬を基盤とする強力な武装集団が育っていたと考えられる』(P.203)。

posted by coichi at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本古代史